堀アイエ 随筆(電子版)日常の風景や映画の話題などを ときどき更新してます

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検証――あの子の服…… 15:49
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    小説「イヴォンヌの香り」の場合――

     小説「イヴォンヌの香り」は、パトリック・モディアノ著、フランス語で書かれた小説であり、主人公が自らの青春時代の過去を、記憶をたよりに断片的に思い起こしていく、回想的な物語である。
     
     この回想的な物語における主人公の記憶のたぐり寄せ方、独特の時間の流れ方、背景にはアルジェリア戦争。

     それと主人公の記憶の中に登場する人物たち。彼らは、そのファッションのすみずみまで鮮明に記憶され、記述がなされている。
     
     ファッションによってそのときのことを記憶しているということ。(私自身、たとえば、そのとき一緒にいた人は白いワンピースを着ていた、とか、誰かと待ち合わせをした際、待ち合わせに現れたときのその人のことを服装で記憶していることは多いのだが、それに近いだろうか)
     こうした記憶の仕方。

     この小説の主人公は、記憶の仕方がことに鮮明だ。

     その例をこれから特筆したい。その前に、回りくどいようだけれどいくつか説明を加えたい。

     繰り返しになるが、小説のなかには、ファッションの記述が多く出てくる。基本的には、「誰々は、そのとき○○を着ていた」という主人公の記憶の記述だ。それがもととなり、描かれている時代の流行もぼんやりと浮かび上がってくるところがあるし、また、ファッションそのものが着ているその人物の特徴をあらわす記号(コード)の役割のように読み取れなくない。

     主人公が回想する時代の年代であるが、それは1960年代頃だ。当時、主人公は18歳であったと述べており、その年はマリリン・モンローが亡くなったという記述があるので、1962年と特定してしまっていいのかもしれない。
     主人公は、数歳年上のイヴォンヌという女性に出会って恋に落ちた。また、イヴォンヌの幼馴染のマントという男性と出会って、3人は親睦を深める。物語の舞台は、スイス国境にほど近いフランスの田舎町だ。
     
     では、先ほど言ったようなファッションの記述箇所をいくつか引用してみたい。
     引用文は、集英社刊「イヴォンヌの香り」(翻訳:柴田都志子氏)から拝借させてもらう。


    =====
     
     ―― 彼女(=イヴォンヌ)はエルミタージュのロビーにいた。奥の大きなソファに座って、誰かを待ちうけているかのように、じっと回転ドアの方をみつめていた。そこから、二、三メートル離れた肘掛け椅子に座っていたぼくには、横顔が見えた。
        赤毛の髪。緑色のシャンタン地のドレス。そして当時の彼女が履いていた、針のように細い踵のハイヒール。色は白だった。
        犬が一匹、足もとにうずくまっていた。時々あくびしたり、伸びをしていた。白黒ぶちの、元気のなさそうな大型のマスチフだった。緑、赤、白、黒。この色の組み合わせに、ぼくはいわばしびれてしまったのだ。

       
    (↑これは小説のなかにはじめてイヴォンヌが登場したときのシーンである。主人公がホテルのロビーでイヴォンヌに一目ぼれした瞬間の記述。印象深い色のコントラストで書かれている。)


     ―― その晩。そして、ぼくたちをロビーで待っていたマント。彼は白地のスーツを着て、首にはトルコ石色のスカーフを鮮やかに巻いていた。ジュネーヴからのみやげたばこで、ぜひ試してみたまえとぼくたちに勧めた。けれども、ぐずぐずしてはいられなかった。

    (↑マントは、イヴォンヌの幼馴染で医師であり、この小説に出てくる謎めいた人物のひとりであるけれども、かなり気障なタイプらしく、服装についてはほとんどいつもスーツに、サングラス、スーツはそのときによってちがうスーツに着がえていて、どのスーツも色鮮やかなものばかりである。どうやらファッションセンスに強いこだわりがある男性らしい。)

     ―― そこへマントがドアのところに現れた。淡いピンクのスーツを着て、胸ポケットには濃い緑色のポケットチーフが差してある。
        室内の客たちがいっせいに振り返った。 


    (↑こうして、客もいっせいに振り返るほど……)


     ―― イヴォンヌはオレンジとグリーンの太い縞模様のビーチガウンをまとい、ベッドに寝そべってたばこを吸った。

    (↑外出する際のイヴォンヌの描写もそうだが、これは部屋でくつろいでいるときの様子を表したシーン)


     ――ある晩、ぼくたちはスポルティングで歌っていたジョルジュ・ユルメルに拍手喝采しに出かけた。あれはたしか七月のはじめで、イヴォンヌと同居するようになって五、六日はたっていた。マントが一緒だった。ユルメルはしっとりとした淡いブルーのスーツを着ていて、ぼくの目はそれに釘づけになった。ビロードのようなそのブルーの色には、人を眠らせる力があった。

    (↑この小説においてみられる、効果的な色の描写のひとつ。)


     ―― 彼女(=イヴォンヌ)は紫がかった真紅のターバンにするか、それとも大きな麦藁帽子にするか、まだ迷っていた。「ターバンだよ、おまえ、ターバンさ」とうんざりしきった声で彼(=マント)が断を下した。イヴォンヌの衣装は白のコートドレスだった。マントの方は砂色のシャンタン地のスーツ。こと服装に関しては、ぼくの記憶力は冴えている。

    (↑これはイヴォンヌとマントが町の小さなコンテストに出場したときの服装。イヴォンヌは、女優の卵であり、このコンテストに出場したときの晴れ姿は、みどころのシーンのひとつになっていた。またここでは、主人公自らが「こと服装に関しては、ぼくの記憶力は冴えている」と指摘していることにも注目)



     ―― 空虚な昼下がり。ゆるやかに流れる時間。イヴォンヌはよく所々に穴が開いている、黒地に赤の水玉模様のドレッシングガウンをまとっていた。ぼくの方は例の古い[植民地風]のフェルト帽を脱ぐのを忘れていた。

    (↑ルーズに流れる時間。やがてイヴォンヌをつれてアメリカへの逃避行を夢見るようになる。)


     ―― ぼくは例によってフラノのスーツという服装で、その下には、一枚きりの白のワイシャツは襟がすりきれていたので、[インターナショナル・バー・フライ]の赤と紺のネクタイによくマッチするオフホワイトの[ポロシャツ]を着込んだ。その襟が柔らかすぎて、ネクタイを結ぶのにだいぶてこずったが、ぼくは身だしなみのいい男に見られたかった。

    (↑主人公はイヴォンヌやマントのようには衣裳持ちではないのである)


    ―― イヴォンヌは驚いて振り返った。彼女はグリーンのモスリンのドレスを着て、同色のスカーフを巻いていた。

    (↑これは主人公が「ぼくの記憶に残る最後の晩餐の模様」と述べているシーンでイヴォンヌがしていた服装である。マントと三人で過ごした最後の夜のシーン。指摘はされていないが、冒頭で主人公がはじめてイヴォンヌにホテルのロビーで出会って恋に落ちたときも、イヴォンヌが着ていたのはグリーンのドレスだった)





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